Day 60 -テネリフェの旅7日目;お買い物に行くならここ!-
こんにちは!
今日はテネリフェのお買い物スポットをお伝えしたいと思います!
お買い物をするのなら、Santa Cruzがおすすめです。
日本未上陸ファストファッションブランドでお買い物!
スペイン初のZARA、ZARA HOME、Bershkaはもちろん(このあたりは日本でも買えますが)、ZARAの姉妹ブランドである日本未上陸ブランドのPull & Bearでお買い物を楽しむことができます。
Pull & Bear
10〜20代をターゲットにしたカジュアルファッションブランドです。
もともとはメンズファッションから始まっているため、メンズファッションにも力を入れています。そのためカップルで買い物に行っても十分楽しめると思います。
スポーツウェア、デートやパーティーに使えそうなもの、カジュアルに着こなせるものなど幅広く手に入れることができます。フェミニンというよりは、カジュアルでアクティブな感じの雰囲気の服が多いような気がします。
私もここで冬に活躍しそうなボーダーニットとふわふわの上着を買いました。それでも5000円以内でおさまるコストパフォーマンスの良さです。
私のように留学などで来ている人にはこういったファストファッションのお店はありがたいです。
日本で買うにはBuymaなどで買うしかまだ手はないようですが、日本上陸もすぐとも言われています。今なら上陸する前から買うことができるので、先取りできます。現地で買えば値段も半分くらいで買うことができます。
OYSHOで下着から素敵女子に!
女性にオススメの下着ブランドはOYSHOです。
この下着屋さんは私のお気に入りです。なぜかというと、パットのないシンプルなブラジャーが安く手にはいるからなんです。
日本のブラジャーはワイヤーがしっかりしていて、パットが入っていてデザインも豊富です。もちろんそれも可愛くて好きなのですが、ドレスアップした時などには向かないのが事実…
OYSHOの下着はワイヤーやパッドがあるものから、レースだけのものまで豊富に揃っていてリーズナブルなんです。
サイズ感も海外の下着は日本人には大きすぎたりしますが、そんなこともありません。
スポーツウェアもあるのですが、デザインがカラフルだったり、変わったデザインだったりするので、他の人とかぶるのが嫌な人にぴったりです。(私は人とかぶるのが嫌いなので、こうゆうの嬉しいです笑)
ヨガの先生をやっている母にもプレゼントしましたが、履き心地も良いらしいので、デザイン、履き心地、共にオススメです。
日本未上陸なので、そこも魅力の一つです。
テネリフェに行ったら、スペイン初のブランドでお買い物したり、日本未上陸ブランドでお買い物するのも楽しみの一つだと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
Day 59 -テネリフェの旅6日目;洞窟でのひと時
こんにちは!
昨日はフリーマーケットの後、今回泊まらせてもらっている女性の友人の家に行ってきました。
これがその家の一つです。
ここに住んでいるオルガンさんはテネリフェにあるこのような洞窟を3つ買い取っています。
これらの洞窟を友人のマルコさんと2人で改装して、宿泊施設にしようとしているんです。お風呂やトイレまで2人で設置しています。
もともとはワインや野菜の貯蔵庫として使われていたようです。(実際のところ用途がそれだけだったのかどうかは誰も知らないそうです)
この日はグリルをして、夜は山の上なので寒いので焚き火で温まりながら、マルコさんの歌を聞きました。マルコさんはプロのカントリー歌手としてハードロックカフェなどでライブをしているそうです。
この後マルコさんと一緒に歌わされました(笑)
音楽が止まると虫と鳥の鳴き声しか聞こえない自然の音楽を楽しむことができます。
この日は天気が良かったので天の川を見ることもできました。
この洞窟の宿泊施設ができたら本当に素敵な場所になりそうです。ファミリーというよりは、カップルや夫婦にプライベートな時間ができるのが良いと思います。昼間は街まで行ってマリンスポーツを楽しみ、夜は戻ってきて静かな2人だけの時間を過ごす…とってもロマンティックだと思いませんか?完成したら教えてくれるとのことなので、その時にまた紹介したいと思います!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
Day 58 -テネリフェの旅5日目;フリーマーケットに行ってみた-
こんにちは!
今日は朝からSanta Cruzで開催されるフリーマーケットに行ってきました。
イングランドに留学していた時にフリーマーケットに行って、すごく楽しかった記憶があったので、海外のフリーマーケットには期待していました。ヴィンテージの物がたくさんあったり、美味しい物がたくさんあったり…
しかし、ここのフリーマーケットは本当に着古した物を売っていたり、私の期待とは異なる物でした。
こんなの誰も着ないよねというような古着が雑多に置かれていました。
中にはウエディングドレスまで売っている人も(笑)
中でも驚いたのは、偽物を普通に売っていること(笑)
しかもこのジョーダン太り過ぎ…(笑)
残念ながら何も買わずに終わりました。
連れて行ってくれた人が帰りの車中で「もっと奥には隣のアフリカから出稼ぎに来ている人たちが手作りで作っている物が売っているの。それがすごく素敵なのよー。でも今日は来る時間が遅かったからそこまで行けなかったわね。」と笑いながら言っていました。行く時間が遅くなったのはこの人の準備が遅かったからなのですが…(笑)
テネリフェに行く機会があれば、フリーマーケットに早めに行って、アフリカの手作りの物をお土産に買っていくのも良いかもしれません!
最後まで読んでいただきありがとうございます。
Day 40 -ガウディってどんな人? パート2-
こんにちは!スイスは今日も快晴です!
今日はガウディ第二弾書きます。
カサ・バトリョ
1904年に、カサ・バトリョの建設をしました。
この場所に行くと分かるのですが、カサ・バトリョの隣の建物(カサ・アマトリェール)もお洒落な作りになっています。
↓これがカサ・バトリョです。
チョコレート王の邸宅で、外装もステンドグラスも素敵です。
カクカクした建物がなんとなくチョコレートっぽいなと思ったのと、外壁の模様が壁紙みたいで可愛いと私は個人的に思いました。(最近こうゆう柄の輸入壁紙増えているので)
カサ・バトリョを依頼したバトリョは、隣のカサ・アマトリェールに負けない邸宅を建てたく、ガウディにお願いをしたのです。(立て直したのではなく、この建物はリフォームをしたそうです。)
バルコニーは骸骨のようで、柱も骨のように見えます。
左右非対称なのは、自然をイメージしたガウディならではのデザインと言えます。また、全体的にブルーや緑を使い、海の中にいるような感じもします。一番上を見てもらうと、龍の背中のようにも見えます。
1つの建物の中に色々な自然の要素が含まれているのもガウディの作品の面白いところです。
近年はペントハウスと言って一番上の階が一番高いイメージですが、エレベーターも普及していなかったこの頃は2階が一番高い部屋でした。そのため、この時代の建物はどれを見ても2階に凝ったデザインがあります。
この2棟、どちらも存在感がありますが、なぜか喧嘩し合わず、街に溶け込んでいます。
カサ・ミラ
このカサ・バトリョを見たペレ・ミラにカサ・バトリョよりももっと立派な建物を建てて欲しいと依頼し、ガウディはスケッチを見せました。それはとても大きな集合住宅でした。1906年にガウディはカサ・ミラの建設に取り掛かります。
ここにはまだ人が住んでいます。家賃も当時のままで12万〜15万くらいで住めてるらしいです!その中の一世帯におばあちゃんが住んでいるらしく、観光客にワインを振舞ったりすることもあるくらい気さくだそうです。(このおばあちゃん結構なお年寄りで、親戚などもいないそうなので、彼女が亡くなった後の買い手が殺到するのは間違いないと言われています)
中に入ることができるのですが、20.50ユーロ(一般チケット)かかります。そこまでは…って人は中のカフェでコーヒーを飲むこともできます。内装にもこだわりがあるのが分かるとおもいます。
当時この建物の評判はあまりよくなく、建設途中もペレ・ミラと何度も揉め、建設後ある批評家には未来の飛行機を止める場所と皮肉られた記事もあるくらいです。
地中海をイメージしているところが色々な箇所で見られます。角のない曲線や、バルコニーのアイアンの部分が海藻に見えたり(よく見ると人や動物の形になっています)
建物のトップにバラがあります。これは、マリア像の象徴とのことです。(これでも揉めたらしいです。)このバラからもガウディの信仰心の強さが見られます。
時代は少し戻りますが、1883年にサグラダファミリアの建築士に抜擢されました(一代目の人は辞任)。1914年以降はサグラダファミリアの仕事以外断りました。
1925年からサグラダファミリアの事務所に住むようになり、あまり人前に出ることがなくなりました。出るのはミサの時のみ。
翌年の1926年、いつものようにミサに出かける途中路面電車に跳ねられてしまいます。この頃のガウディは着るものや容姿に無頓着になり、見た目はまるでホームレスのようでした。その為、ホームレスのような格好の老人を誰も偉大な建築家ガウディだと気づかずに、病院への搬送が遅れてしまった為亡くなってしまいました。彼は現在も生涯を捧げた聖堂サグラダファミリアの地下礼拝堂に眠っています。
ウォーキングツアーのお姉さんが、来るたびに変わっていっているので飽きないと言っていました。ガウディが亡くなってからちょうど100年に成る2026年までに完成を目標にしているとのことです。あと10年!
中は完成してから見たいと思い今回は見学しませんでした。
建築費は寄付と観光収入でまかなわれているそうなので、高い入場料を払うのも違和感がありません。
サグラダファミリアは東側「生誕のファサード」(キリストの生誕を彫刻で表している)、反対の西側には「受難のファサード」(キリストの受刑、死、復活を表している)南側には「栄光のファサード」(建設中)の3つのファサードからなります。
彫刻がすごいのが生誕のファサード。怖い雰囲気を放っているのが受難のファサードと覚えてしまえば観光した時に分かりやすいと思います。
ガウディはイスラム建築にも大変興味を持っていたとのことです。私がガウディの手がけた建物が好きなのは、どちらもイスラム建築が好きだったかもしれないと共通点を見つけてワクワクしてしまいました(笑)
以上ガウディの話でした。
すごく基本的な内容かもしれませんが、これからスペインに行く人の役に立てればと思います。
Day 39 -日本食を食べにドイツまで-
ただシャフハウゼンにも以前紹介したCafe Vordergasse(その時の記事)というカフェがあります。友人と行ったのですが、すごく良かったです。店員さんも親切ですし、ケーキもコーヒーも美味しい!
お店の内装も可愛い!
テラス席から見える景気も素敵です。
ただ、日本と異なりウエイトレスがチップをもらう制度のカフェなので、長居できないのが問題なんです。
日本食の話かシャフハウゼンのカフェの話になってしまいましたが、日本食食べられて本当嬉しかったです。
Day 38 -ガウディってどんな人? パート1-
こんにちは!
スペイン旅行中のブログでガウディのことをまた今度書くと言ったので、今日はガウディについて書きたいと思います。
私がガウディを知ったのは、高校の世界史で未完の教会サグラダファミリアがスペインにあるという話を聞いた時です。今から134年前の1882年に着工し、まだ完成していないなんて面白いし、完成したら絶対に観に行きたい!と思っていました。
実際に見るまで、ガウディのことは基本的な情報しか知りませんでした。
例えば、
・スペインの建築家
・サグラダファミリアを建築した人
・男の人
こんな感じの誰でも知っているような情報だけです(笑)
今回私はスペインでウォーキングツアーに参加しましたが、その中には私の知らなかった情報がたくさんあったので、そこで聞いた話と、私がそのあと調べたことをシェアしていきたいと思います。
ガウディ誕生
スペインのカタルーニャ地方南部に3人の男の子がいました。ある日3人は自分の夢について語り合いました。
一人は「外交官になる」
もう一人は「医者になる」
そしてもう一人は「建築家になる」
と言いました。この最後の一人がガウディです。
ガウディは1852年6月25日にカタルーニャ地方南部の町で生まれました。
建築家になると決めてから、生活費と学費のためにアルバイトをしながら学業に励みました。
大学卒業後の最初の仕事
彼の最初の仕事は1878年のレイアール広場の街灯作りでした。バルセロナ市からの依頼だった為、大変名誉ある仕事です。(ガウディの出世作とも呼ばれています)今でもこの街頭を見ることができます。
彼の作品の多くは、植物や自然現象(波や嵐など)を取り入れたデザインが多く見られます。
全体の写真撮り忘れました(笑)
この写真でも分かるように街頭にはカタルーニャの国旗である黄色と赤のストライプ、カタルーニャの守護聖人聖ジョルディの十字が入っています。バルセロナ市からの要望で入れたのかもしれませんが、ガウディはカタルーニャへの愛が強かったと言われています。
グエルとの出会い
同じ年の1872年にパリ万博博覧会で、ガウディが手がけた手袋入れが話題になりました。(これも植物をモチーフにした物だったようです)これがきっかけで若手実業家のグエルと出会いました。グエル聞いたことある名前ですよね?グエル公園の名前で馴染みがあると思います。のちのガウディの一番のパトロンになります。
もともとシューケースに一目惚れしたため、グエルからの依頼は家具などが主でした。しかし、ガウディの手がけたエル・カプリッチョを見てからは建築もガウディに依頼するようになりました。翌年1884年にはグエルにグエル別邸、1886年にはグエル邸を依頼されています。1900年にはバルセロナの観光名所になっているグエル公園を依頼しています。
今は公園と呼ばれていますが、元は新しい住宅地を作ることが目的でした。しかし買い手ははグエルとガウディの2人だけだったと言われています。当時は理解されませんでしたが、今こんな住宅地が売りに出されたら買い手殺到で大変なことになりそうですよね。
本当にタイルが素敵で、友人とお気に入りのタイルを探しながら歩きました。
このグエル公園ですが、弟子のジュゼップ・マリア・ジュジョールの助けが多かったと言われています。というのも、この弟子と一緒に仕事をするようになってからガウディの建物はカラフルになりました。グエル公園内のタイルもこの弟子に一任していたと言われている程です。タイルなどのあの目を引く色彩感覚は弟子のものだったと思うとまた違った見方ができます。
ガウディの建物が好きな人は、弟子のジュジョールの建物も好きだと思います。私は実際見た訳ではなく、写真でしか見たことがありませんが、次にバルセロナに行くことがあれば、彼の作品もぜひ見てみたいです。
続きはまた明日!
Day 37 -初めての川下り-
こんにちは!
昨日お知らせした通り今日はStein am RheinからSchaffhausenまで川下りをしました。
3時間半の道のりです。
通常は日中に始めて明るいうちに下り終わるか、途中でキャンプをして次に日にまた下るかです。
今回ボートを買うところから始まったので、川下りを始めたのは6時(笑)日が落ちるのが8時半頃なので、下り終わった頃は当然真っ暗です。
ただ、始まった時は明るく、途中から日が落ちてきてとても綺麗でした。
↓
途中で川辺のレストランでウエディングパーティーをしている人たちがいたり、
キャンプをしている人がいたり、
ドイツの街を見ることができたり、(Stein am RheinからSchaffhausenに行く間にドイツを通ります)
ビール片手にゆっくりとした時間を過ごしました。
夜は貸切状態で、誰もいなく、星と岸でキャンプをしている人たちの炎の明かりでなんとも言えない雰囲気でした。
シャフハウゼンに着いた時、もちろんこんな遅い時間に川下りする人はいないので皆驚いていました(笑)
日中は人がたくさんいて楽しいと思いますが、夜は邪魔されることなくゆっくりできて良かったです。暗くなると寒くなるので、そこだけは注意です!笑
今度は土曜日の日中から川下りして、キャンプをして1晩泊まってみたいと思います。